長渕文音主演作、父長渕剛すでに観賞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081005-00000008-nks-movi10月5日10時5分配信 日刊スポーツ
新人の長渕文音(20)主演の映画「三本木農業高校、馬術部」(佐々部清監督)が4日、東京・新宿バルト9で初日を迎えた。「2年間携わってきたので、思い出深い映画です」。父で歌手の長渕剛(52)もすでに観賞したそうで「『良かったね。さすが佐々部(清)監督』と言ってました」。また、映画「劇場版 さらば仮面ライダー電王 ファイナルカウントダウン」(金田治監督)も同劇場で公開され、主演の佐藤健(19)があいさつした。
YouTube 青森での三本木農業高校、馬術部 紹介Wikipedia より
長渕文音
長渕 文音(ながぶち あやね、1988年3月17日 - )は、東京都世田谷区出身の女優。長渕剛・志穂美悦子夫妻の長女で、現在明治学院大学在学中。父親の個人事務所で、母親が社長を務めるオフィスレンに所属している。
長渕剛の『NEVER CHANGE』は彼女の誕生を歌った曲である。
3人姉弟の長女である。(下に弟が2人いる。)
4歳からクラシックバレエを習う一方、語学に興味を持ち中学、高校共に英語コースで学ぶ。高校は関東国際高校外国語科英語コースに入学した。高校1年時にはスピーチコンテストで全国大会に出場した。4月から明治学院大学国際学部に入学し、現在も在学中。 血液型はA型。
2008年10月公開の映画三本木農業高校、馬術部(監督:佐々部清)の主役として女優デビューし、今後が注目されている(当初は「コスモ、光明(ひかり)のなかへ」のタイトルであったが変更)。
ストーリー
青森県十和田市に実在する三本木農業高校の馬術部を舞台にした実話を基にした物語。
目の見えない盲目の馬「タカラコスモス」と、人間との愛の物語。
青森県立三本木農業高等学校
青森県立三本木農業高等学校(あおもりけんりつさんぼんぎのうぎょうこうとうがっこう)は、青森県十和田市にある県立の農業高等学校。
所在地
* 青森県十和田市相坂字高清水78-92
設置学科
* 植物科学科
* 動物科学科
* 農業機械科
* 農業土木科
* 農業経済科
* 生活科学科
沿革
* 1898年 青森県農学校として創立
* 1901年 青森県畜産学校と改称
* 1919年 青森県立三本木農学校と改称
* 1943年 青森県立三本木農業学校と改称
* 1948年 青森県立三本木農業高等学校と改称
* 1954年 十和田分校を設置
* 1980年 十和田分校を青森県立三本木高等学校に移管
* 1998年 創立100周年記念式典挙行
長渕剛
長渕 剛(ながぶち つよし、1956年(昭和31)9月7日 - )は日本のシンガーソングライター、俳優。本名同じ。「長淵 剛」は、誤記。鹿児島県鹿児島市出身(出生は日置市伊集院町)。Office REN(オフィス・レン)所属。
1977年、シングル『雨の嵐山』で歌手としてデビュー。(※一般的には再デビューの1978年『巡恋歌』を本格デビューとしている。)『順子』や『乾杯』、『とんぼ』、『しゃぼん玉』、『しあわせになろうよ』などのヒット曲を持ち、また、俳優としては、『親子ゲーム』や『とんぼ』、『オルゴール』などのドラマや映画出演で知られる。 ソロアーティストとしてアルバム初登場一位獲得数12作品という記録をもっている。またソロアーティストでは井上陽水、槇原敬之とともにシングル売り上げ1000万枚を突破している。
鹿児島市立中郡小学校、鹿児島市立甲南中学校、鹿児島県立鹿児島南高等学校情報処理科を経て、九州産業大学芸術学部写真学科中退。 妻は元女優の志穂美悦子。 長女である長渕文音が、2008年10月公開の映画「三本木農業高校、馬術部」(監督:佐々部清)の主役として女優デビューを果たし、今後が注目されている。
人物
* 警察官の父親・邦治(くにはる)と母親・マス子の長男として、1956年9月7日、当時の鹿児島県日置郡伊集院町(現・日置市)にて生を受けた。上に姉がいる2人姉弟。兄がいたが乳児期に病死している。
* 子供のころのあだ名は「レオン」。
* 愛犬はホワイト・スイス・シェパードの「レオ」。
* 現在でこそ肉体改造で筋肉質の体になっているが、出生後まもなく、インフルエンザで生死の境をさまよっていたと言う話がある。幼い頃の長渕は体が非常に弱く、よく喘息発作を起こし、病院通いが欠かせなかった。
* 音楽が長渕の楽しみであった。吉田拓郎(長渕と同郷)や加川良、友部正人、遠藤賢司等のフォークソングを好んで聴いていた。「自分もいつかはミュージシャンになりたい」と言う願望もあったのか、中学3年の正月に3000円のガット・ギターを購入し、鉄弦を張り思いのままに好みの楽曲をコピーしていったのである。
* シンガーソングライターとしての道を歩むきっかけとなったのは、高校時代に生で観覧した、拓郎のコンサートであった。これを境に拓郎、更には加川や友部と言った、当時売れっ子だったフォークシンガーの歌に傾倒していく事になる。大学進学後は洋楽も聴くが、基本的には1960〜70年代の、日本のフォークシンガーからの影響を強く受けている様である。
* 1980年代半ば頃にはロック色が強くなり、サウンドにも現れたが、1980年代後半からは原点であるアコースティックに戻っている。
* デビュー当時は、今とは違いかなり透き通った発声で歌っていたが、自分自身の作りたい楽曲のイメージとの乖離に悩まされ、1980年代の半ばから発声方法を変える様になった。ボブ・ディランの歌声への憧憬から、焼酎やルゴールの原液で何度もうがいをし、歌手の命でもある喉を焼き切った。しかし、それでも簡単には声質は変わらなかった。長いライブ活動を続けていくうちに、透き通った声は消えうせ、しわがれた声へと変わる。そうして長年のキャリアで培われた独特の歌唱法や楽曲のスタイルは、10代から中高年層までの幅広い年齢層で数多くのファンを生み出した。また、そうした荒療治や歌唱法により、喉にポリープが出来ていることをインタビューで告白している。しかし、ポリープを除去すると声質が変わると医師に宣告され、声質を変えたくない長渕は、悩んだ末そのポリープを除去せぬまま今の声質を保っていると語っている。
* 歌を披露する際には必ずガムを噛みながら歌っていた時期もあった。
* 幼い頃からジープ を好み、その後HUMMER H2を購入する。その時、取材で『H1は鉄が走っている感じ、あれは軍用車、H2はオシャレに乗れていい』といったんH2を手に入れるが、桜島のコンサートを期に“選ばれし者が乗る車”“四輪駆動の王”と米国セレブからも好評のあるH1 HUMMERハマーを購入、現在所有。
* 俳優としても、『家族ゲーム』や『とんぼ』『しゃぼん玉』等のドラマ、『オルゴール』や『男はつらいよ・幸福の青い鳥』『英二』等の映画に出演している。
* デビュー当初は痩身で長髪のフォークシンガーというイメージで、「遅れてきたフォーク青年」と呼ばれたりもした(長渕のデビュー当時はすでにフォークブームが過ぎた後であった)。透明な声と繊細なラブソング、達者なフィンガーピッキングによるアコースティックギターで人気を博し、現在の彼とはかなりイメージが異なっていた。1980年代半ばからは髪を切り、同時期に出演していたドラマでの気さくな兄ちゃん振りから、徐々にやんちゃなイメージになっていった。
* 1988年に主演したTVドラマ『とんぼ』でのヤクザ役が大当たりした。この頃から歌声はいっそう枯れていき、歌詞もハードなメッセージを前面に打ち出したものになっていき、ドラマのイメージも相まって、バイオレンスなイメージが定着していった。また女性スキャンダルやスタッフへの暴行がたびたび報道されるようになり、1990年代前半にはその人気が絶頂になった反面、ダーティーなイメージもついて回った。1995年1月24日、大麻取締法違反で逮捕されてからは、かつてほどのダーティーイメージは薄らいでいった。
* 2004年8月21日に、鹿児島県の桜島特設ステージで、全国から約7万5千人の観衆を集めてのオールナイトコンサートを敢行し、大成功を収めた。このコンサート会場で売られていたオフィシャルミネラルウォーターは地元企業の商品であった。2006年3月19日には、コンサート会場跡地に記念碑が建てられる。記念碑名は「叫びの肖像」
* 2005年12月公開の東映映画『男たちの大和/YAMATO』の主題歌を担当。『CLOSE YOUR EYES』が先行リリースされ、話題になった。
* スポーツ界との交流も深く、そのジャンルも、極真空手の緑健児やプロボクサーの戸高秀樹、プロ野球・福岡ソフトバンクホークスのゼネラルマネージャーを務める王貞治やオリックス・バファローズの清原和博、F1レーサーの佐藤琢磨、ラグビーの大八木淳史、K-1の山本"KID"徳郁、元Jリーガーの呂比須ワグナー、横綱の朝青龍等幅広い。
* 芸能界でも非常に熱心なファンが多い。以下にファンであることを公言している有名な人物を挙げる。
渡哲也、島倉千代子、岩沢厚治(ゆず)、押尾コータロー、MAKIDAI(EXILE)、清木場俊介、アンダーグラフ、橋谷康一(Jackson vibe)、向井秀徳、井ノ原快彦(V6)、藤原竜也、間寛平、松本人志(ダウンタウン)、松本隆博(松本人志の兄)、上田晋也(くりぃむしちゅー)、勝俣州和、上沼恵美子、ほんこん(130R)、ココリコ、博多華丸(博多華丸・大吉)、ワッキー(ペナルティ)、庄司智春(品川庄司)、田村淳(ロンドンブーツ1号2号)、柴田英嗣(アンタッチャブル)、フットボールアワー、児嶋一哉(アンジャッシュ)、吉田敬(ブラックマヨネーズ)、さがね正裕(丁半コロコロ)、山口智充、山田雅人、柳沢慎吾、長瀬智也(TOKIO)、恵俊彰(ホンジャマカ)など。
このほか番組や映画での共演が縁で、芳村真理・白川由美・倍賞千恵子とも親交があるとされる。芳村は、「夜のヒットスタジオ」司会当時、彼の音楽的才能につき「彼(長渕)は天才だ」と絶賛し、長渕が甚く感激したというエピソードがある。白川に関しては「家族ゲーム」以降の親交があり、長渕は彼女を時折自身のコンサートに招待している。
* 芸能ジャーナリストの井上公造とは、大学時代の同じバイト仲間であり(井上は西南学院大学卒業)長渕が東京へ上京する時に井上が幹事で送別会を行っており、現在も交友がある。
* 絵画や詩にも才能を発揮し自身の詩画展を開き何度も成功を収めている。また、その収益金の一部を阪神・淡路大震災で家を失った子供達等の為に寄付した。鹿児島県関連の九州新幹線開業キャンペーンの風は南からの風の書体をデザインしている。その書体は、現在かごしま県民交流センターに展示している。
* 酒に弱い事は意外に知られておらず、この事を語っている楽曲もいくつか存在する。また以前はかなりの喫煙者であったが、現在は禁煙している。
* 使用ギターはレコーディングではギブソン製(J-45、J-200等)、ライブではタカミネ製のエレアコを主に使用する。エレクトリックギターは楽曲によってはライブでたまに使用する。
* 使用ハーモニカ(ブルースハープ)はTOMBOの「メジャーボーイ」。現在一般的なハーモニカホルダーの形(テンホールズハーモニカ専用で、ハーモニカをセットする部分が狭くなっている)は彼が考案したものとのこと。「特許をとっておけば良かった」と雑誌のインタビューで語った。
* 「週刊ザテレビジョン」では、イメージが合わないことを理由に、レモンの使用を拒否したことでも有名。
* 2003年に放送されたラジオ番組「今夜もバリサン」で長渕は今は亡き「尾崎豊」についてとつとつと語った。「彼(尾崎)は最後レコード会社からも見捨てられ、本当に孤独だったんだ。彼みたいな才能ある人間を業界は孤独にさせたらだめだ!」とも語っていた。
* 2007年4月27日、関西テレビ放送制作、フジテレビジョン系列(FNS)で放送の『さんまのまんま』で、明石家さんまと対談。過去にさんまとは「明石家さんまのオールナイトニッポン」で対談を行ったことがあり、放送でもその点について触れていた。「ラーメンは吸うのか噛むのか」などで言い合う珍妙なトークを行い、最後は2人で『とんぼ』をデュエット。ハーモニカ(TOMBO・メジャーボーイ)をさんまにプレゼント。ただしギター弾き語りは行われず、『とんぼ』は国吉良一(因みにさんまの『真っ赤なウソ』の編曲者でもある)のキーボード演奏に拠る物であった。
* 1992年に行われた東京ドームでのセンターステージライブに関して、本人は「あまり覚えていない」と語った。65,000人の熱気のど真ん中で、あまりにインパクトがあったとの事。また「東京ドームという場所は、本来ライブをやるべき場所じゃない(音響面で最悪、自分の声が数秒後跳ね返ってくる)。ドームでライブをやる必要性がある時はやるけど」と語っている。
* 「アコースティックギターは弾くものじゃなく、叩くもの」という持論を持っている。故に、ピックで弾きながら、手の平の腹部分で、ギターのブリッジ付近を叩きつつ演奏する曲も多く見られる。これはニール・ヤングの影響と見られる。
* 1999年頃、自宅の近所にマンションが建設された際、自宅前にある道の車の往来が急に増え、さらに自分の子供がトラックに轢かれかけ「子供飛び出し注意」の巨大な看板(電飾、キャスター付)を自宅前に設置する。
佐々部清
佐々部 清(ささべ きよし、1958年1月8日 - )は、日本の映画監督。山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校、明治大学文学部演劇科、横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)卒業。
1984年より映画及びテレビドラマの助監督となる。主に崔洋一、和泉聖治、杉田成道、降旗康男などの監督に師事。
2002年に『陽はまた昇る』(日刊スポーツ映画大賞 石原裕次郎賞受賞、日本アカデミー賞 優秀作品賞受賞)で監督デビュー。以降、2003年『チルソクの夏』(日本映画監督協会 新人賞受賞、新藤兼人賞受賞)、2004年『半落ち』(日本アカデミー賞 最優秀作品賞受賞、日刊スポーツ映画大賞 石原裕次郎賞受賞)、2005年『四日間の奇蹟』、2006年『カーテンコール』(日本映画批評家大賞作品賞受賞)、『出口のない海』と立て続けに作品を発表。
『チルソクの夏』『四日間の奇蹟』『カーテンコール』は下関三部作。後味のいい作品づくりに定評がある。
助監督時代のエピソード
* 映画現場デビューは、戸塚ヨットスクールを描いた青春ドラマ『スパルタの海』(1983年)だったが、公開前に生徒死亡事故が発生し、戸塚宏校長が逮捕される事態となったため、あえなくお蔵入りに。
佐藤健
藤 健(さとう たける、1989年3月21日 - )は、埼玉県さいたま市岩槻区(旧:岩槻市)出身の俳優。アミューズ所属。身長170cm、体重54kg、血液型A型。埼玉県立越谷北高等学校卒業
* 高校2年生のゴールデンウィークに原宿に出かけたところ、現在の事務所のスカウトを受けた。
* 2006年に『プリンセス・プリンセスD』の準主役の河野亨役にて俳優デビュー。
* 2007年に『仮面ライダー電王』で主人公・野上良太郎役に選ばれた。
# 趣味は猫と遊ぶこと。
# 特技はルービックキューブとブレイクダンス。ブレイクダンスは自身が主演をつとめた『仮面ライダー電王』で踊っているシーンがある。
# 2007年11月1日、左自然気胸(肺気胸)のため約10日間の安静と通院を診断され加療[4]。現在は快復している。
# 2008年、漫画原作のドラマ『ROOKIES』で岡田優也役を演じるにあたり、原作の設定にあわせて髪型をドレッドヘアにした。ドレッドはエクステで前髪は地毛。『劇場版 仮面ライダー電王&キバ クライマックス刑事』の舞台挨拶では『ROOKIES』の撮影中だったため、その髪型で現れた
金田治
金田 治(かねだ おさむ、1949年8月31日 - )は日本の映画・テレビドラマ作品のアクション監督・スタントマン・演出家である。ジャパンアクションエンタープライズ代表取締役社長。東京デザイナー学院卒業。
1970年、JAC(ジャパンアクションクラブ)に春田純一、山岡淳二、酒井努らと共に研究生として入門。千葉真一や志穂美悦子が主演した映画に出演、アクション体技を磨く。
* JACは、現在のJAE(ジャパンアクションエンタープライズ)
特撮方面では『ロボット刑事』でKのスーツアクターを演じる。一方、早くから指導方面での頭角を現し、数多くの特撮番組、映画、舞台等でアクション監督を担当。1996年にJAEの社長に就任。
千葉真一直伝による、「演技者の肉体をフルに駆使した、迫力と緊迫感みなぎるアクション」を旨としている。体技としてのアクションのみならず、崖や吊り橋、障害物の多い屋内など、危険度の高いシチュエーションでの見せ方にもこだわりを持っている。金田組では、アクションの現場は他の組以上にスリルを喚起させる場所を選ぶことが多く、俳優やスーツアクターはいつも以上に力が入るという。撮影現場では、自ら「打撃や爆発などの効果音」をふんだんに叫びながら指導する、熱血スタイルの監督でもある。
1993年、『特捜ロボジャンパーソン』を皮切りに、アクションパートだけではなく本編の監督としても腕を振るうようになる。近年は『仮面ライダー電王』の劇場版2作品の監督を手掛けるなどますますの活躍を見せている。
JAEに所属する俳優の金田進一は実子。映画『さらば仮面ライダー電王』では、治が監督、進一がスーツアクターという立場で親子が共に参加している。