スポンサーサイト
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
眞鍋かをり写真使用は無断じゃなかった
眞鍋かをりさん、
ご本人の知らないところで、
勝手に自分が動いてるようですね、
ずいぶん複雑ないきさつなようで、
芸能界闇の掟 ・・・・??
事務所が、
仲介役のA氏が、とか
芸能人って大変なんですね。
秘書が・・・ってことも・・・????
眞鍋かをりのここだけの話 - 本人によるウェブログ より
2009/07/29
ポスター掲載の件
今朝のスポーツ新聞に掲載されていましたポスターについてです
候補者の方と私が一緒に写っている写真が使われていますが、その方とは全く関係ございません。
1年ほど前に一度だけ対談でお会いしてそのときに写真を撮りましたが、何故その写真がポスターになってしまっているのかわからず困惑しています。
私は特定の政党や政治家の応援はしていませんし応援コメントも出していません。
何故このような使われ方をしたのか確認して対処したいと思います。
とりあえずご報告まで。
補足
きちんと確認をしてからコメントすべきというご意見をコメント欄にて
いただきました。ありがとうございます。言葉足らずですみませんでした。
もちろん更新前に事務所にどこまで把握しているのかを聞いて
その上で自分がそういった声明を出して良いか確認をしています。
いろいろとむこうの事情もあると思いますので
ただ私が言えるのは
政治に関して特定の人物を応援することはありえない
ということだけです。
8月1日9時23分配信 デイリースポーツ
タレント・眞鍋かをり(28)が、衆院選静岡7区から無所属での立候補を表明している城内実氏(44)の選挙ポスターに自身の写真を使用された件で、眞鍋の所属事務所が、事前に使用を了解していたことが31日、わかった。双方の仲介役を務めた制作会社の関係者が明かしたもの。事情を知らなかったのか眞鍋は自身のブログで「その方とはまったく関係ない。困惑している。なぜこのように使われたのか」とコメント。大きな騒動となっていた。またこの日、城内氏サイドは問題のポスターを撤去し、騒動の沈静化を図った。
◇ ◇
衆院選直前に起こった“ポスター騒動”のドタバタ。何と眞鍋の所属事務所が、城内氏の後援会に対し、事前に使用の承諾をしていた。
双方の事務所の仲介役を務めた制作会社の代表A氏が、報道各社に騒動の経緯を説明したFAXを送付。それによると、昨年夏に城内氏が眞鍋とホームページ用の対談を行ったことが縁で、今年6月に城内氏の後援会とA氏の間で眞鍋の写真を使用したポスターの作成案が浮上した。A氏が城内氏側と眞鍋の所属事務所幹部B氏の仲介役となり、眞鍋の写真と、その使用許可を得たという。
だが、何も事情を知らなかったのか、眞鍋は29日付のブログで「政治に関して特定の人物を応援することはありえない」などと自身の写真掲載について激怒。城内氏側も「許可はいただいている」と反論。ポスターを回収する考えはないとしていた。
騒動はさらに飛び火。選挙前に特定の政党や候補者を支持する者の出演は放送倫理にかかわる問題だけに、フジテレビは所属事務所と話し合い、眞鍋がコメンテーターとして出演する30日の情報番組「とくダネ!」の出演を見合わせた。同局は今後について「週明けに決まる」とコメント。出演は未定だ。
結局、城内氏側は、眞鍋の芸能活動へ支障を与えるのは本意ではないと、31日、問題のポスター約700枚を撤去した。HP上に掲載していた眞鍋との対談動画も削除。事態の沈静化を図った。
デイリースポーツ紙の取材に眞鍋の事務所は「担当者がいないので答えられない」と話すのみ。また仲介役のA氏は、騒動の非は自分にあるとして「私からの説明不足により眞鍋かをりさん側に正確な意図が伝わらず、今回このような事態を招いてしまいました」と説明し謝罪した。
Wikipedia より
眞鍋かをり
眞鍋 かをり(まなべ かをり、1981年3月31日 - )は、日本の女性タレント、元グラビアアイドル。アヴィラ所属。
姓の「眞鍋」の「眞(真)」は本人の意志により旧字体の「眞」を使用。ラテ欄では「真鍋」と表記される事が多い。
1981年
3月31日、愛媛県西条市に長女として生まれる。他に弟と妹がいる。
1999年
愛媛県立西条高等学校卒業後、横浜国立大学教育人間科学部(国際共生社会課程)に入学。
大学入学前に初めて1人で入った渋谷の吉野家を出たところでスカウトされ芸能界入り。
雑誌「ホットドッグ・プレス」のドリームガールグランプリを受賞。
ネットにまつわるエピソード
かつてWordを用いて自らWebサイトを作り、ファンと直接コミュニケーションを取っていた。しかし、多忙になり管理が行き届かなくなったこと、それに付け込んだ人物の執拗な攻撃に遭い2001年5月に同サイトを閉鎖している。ハンドル名「Q」を名乗る人物による、『殺す』と脅迫する内容の投稿があり、直後に開催されたイベントでは一時警備が増強された。眞鍋は自分のサイトが原因で周りに迷惑をかける事態が起こったことに責任を感じ、閉鎖決定後に「閉鎖理由」としてファンへのお詫びと共に書き込んだ。
2004年6月30日から開設している自身のブログ「眞鍋かをりのココだけの話」には、驚異的な数のトラックバックがあり、一記事に対するトラックバック数がトラックバックスパムも含め3000を超える場合もある。その数は日本一といわれており、「ブログの女王」と呼ばれた。当時ヤクルトに在籍していた古田敦也選手に「打倒眞鍋かをり」と、古田の公式ブログにてトラックバック数の目標にされたこともある。2005年8月に後日談などを大幅に加筆した上で書籍化された[23]。宣伝用に本に付けられる帯の文章も古田が担当。逆に12月に古田のブログが書籍化された時には眞鍋が帯を担当した)。2004年7月の警察庁セキュリティポータルサイト@policeのインタビューによれば、公式ブログ開設前の2003年に名を隠してブログを持っていたが、友達に止められたとのこと。
2004年7月12日のブログに伊達眼鏡をかけた写真を「なりきりTommy february6」と称して掲載したところ大受けしてアクセス数が急増し、トラックバックの最高記録を打ち立てた。
2004年10月に「爆笑問題のススメ」の中で森村誠一をゲストに迎え「言葉の暴力」について論じていた際、2ちゃんねるでの悪意の書き込みをする輩に対し森村と太田光が批判した際、眞鍋は「(そういうタイプは外にも出られないし、友達も居ないのだから)やらせてあげましょうよ」と発言する。
2005年12月5日には眞鍋のブログがニフティの「ココログ」に開設されている縁から、ニフティが開設したサイト「ブログ普及委員会」の委員長に就任した。
2006年1月、安全にPCを利用するための啓発活動として、キャッチフレーズ「マナベにまなべ」を掲げ「CHECK!PC」キャンペーンのイメージキャラクターに起用される。また自身のPCが多数のスパイウェアに感染していたと告白[24]。これについては高木浩光にスパイウェア対策ソフトを売るためのFUD[25]の可能性を指摘された[26]。
かつてはブログにおける一人称として「オイラ」を使用していたが、プライベートで"オイラ"といわなくなったことから「私」を使用するようになったとインタビュー記事で述べている