<フジテレビ>アナウンサーのプロダクション設立 滝川クリステル、八木亜希子ら共同テレビから移籍
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081108-00000028-maiall-ent11月8日17時8分配信 毎日新聞
フジテレビと制作会社の共同テレビは芸能プロダクションのセント・フォースと新会社「フォニックス」を設立、10月30日から営業を開始した。
これまで共同テレビに所属していた八木亜希子、小島奈津子、滝川クリステルの3人が移籍。今後アナウンサーのマネジメント業務を拡大するという。
YouTube 不適切な表現Wikipedia より
滝川クリステル
滝川 クリステル(たきがわ クリステル、Christel Takigawa、1977年10月1日 - )は共同テレビ所属(フジテレビ専属)アナウンサー。本名:滝川・ラルドゥ・クリステル・雅美 (Takigawa Lardux Christel Masami) 、日本名:滝川 雅美(たきがわ まさみ)。
父はフランス人、母は日本人。出生地はフランス・パリ。帰国後は兵庫県神戸市に在住。母親が神戸市内の出身であった。その後、東京都内へ転居。血液型AB型。
母親の兄弟の子であるフリーキャスター目黒陽子とその弟の俳優滝川英治は従姉弟である。モデルの滝川ロランは弟。祖父は市会議員もつとめた滝川勝三。曾祖母の滝川イネは日本の婦人運動の草分け的存在。
通称は滝クリ、クリステル。
来歴・人物
フランス・パリに生まれ、3歳で日本へ。小学校6年生の時、父親の転勤で再び渡仏。約1年間滞在し日本へ戻る。東京都立青山高等学校、青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、2000年フジテレビを受験し、最終選考まで残るも不合格となるが、他社に入社させるには惜しい人材という事で、系列の共同テレビに入社。安藤幸代(現:ハーモニープロモーション)、相川梨絵(現:セントフォース)とならび、同社にとっては新人をアナウンサーとして採用した初めてのケースとなった[1]。フジテレビの梅津弥英子アナとはフランス文学科の同級生である。
新人アナウンサー時代は和名の滝川 雅美で活動していたが、容姿に対する問い合わせもあったことなどから会社の方針でハーフを強調した名前に変えたのだという。
学生時代、奥山和由の映画「大統領のクリスマスツリー」に出演したこともある。
入社後3年間はフジテレビアナウンス室に研修出向し『プロ野球ニュース』『少年タイヤ』『FNNスーパーニュース』(フィールドキャスター)など、同系列の番組に数多く出演した。その後共同テレビに戻ったが、現在もフジテレビと専属契約を交わしている(相川、安藤はその後フリーに転身)。
2002年10月からは、『ニュースJAPAN』のキャスターを担当。
2007年4月から新報道番組「新報道プレミアA」を安藤優子キャスターと共に担当することになった。また安藤とはニュースJAPANのキャスターを担当していた(いる)という共通点がある(安藤が初代、滝川は3代目)。
特徴
* 趣味は、スカイダイビング、バンジージャンプ、テニス、ゴルフなど。運動が大好きで運動神経もよいとのこと。
* 日本語、フランス語、英語を話せるトリリンガルである。
エピソード
* 小学校6年生での渡仏時、フランス語が上手でなかったので現地の小学校では4年生に編入されたが、吸収が早くあっという間にフランス語を覚えた。
* その際、それまで日本語で話していた父親とはフランス語で話すことに決め、今でも父親とはフランス語、母親とは日本語で話す。
* 青山学院大学ではフランス文学科に在籍するも、大学では基礎から教えていたため拍子抜けした。担当の教授から「発音を聞かれるのが嫌だから君は来なくていいよ、単位はあげるから。」と言われ、授業中は大学図書館で自習していた。英語、フランス語とも独学に近い。
* ミスキャンパスに出場し、見事準ミス青山学院大学に選ばれた。その時の優勝者は梅津弥英子だった。
* 大学生時代の終わり頃にハーフである自分のアイデンティティーについて強く悩み、サンフランシスコかフランスのどちらかに行こうと迷った末、フランスに行こうと決めたが、両親に「日本で語学を生かせる仕事に就いてほしい。」と反対される。そんな中、サッカーワールドカップの日本代表監督がフランス人のフィリップ・トルシエだったのがきっかけで「自分ならワールドカップで通訳なしの取材ができ、架け橋になれるかもしれない。」と思い、アナウンサーを目指す。その後フィリップ・トルシエは、「ジャンクSPORTS」に出演した際に、「もし、私が今結婚していなかったら、滝川クリステルさんと結婚したかった。」と語っている。
* フジを受験中に親しくなった同期の政井マヤと、入社前にメキシコへ旅行したが、現地の人に双子と間違えられたことがあるという(政井はメキシコ出身)。
* 「ニュースJAPAN」では机に対して斜めに座っているが、これはスタッフが「モナリザ」を意識し、美しく見えるように45°の角度をとったため。「明石家さんまのフジテレビ大反省会」で「なぜあの角度なのか」という視聴者からの質問に同番組のプロデューサーは「滝川クリステルが最も美しく見える角度だから」と回答している[2]。しかし彼女自身は、「骨盤が歪みそう。できれば正面を向いてニュースを読みたい。」「本番中に首がつったことがある。」と語っている[3]。また、この姿を林家いっ平の高座の元ネタにされていて新報道プレミアAの落語特集で聞かされて当人は当惑していた。斜め座りはNHKのサラリーマンNEOでもネタにされた。
* 「普段着感覚で視聴者と向き合う」というコンセプトの「新報道プレミアA」では、より素の様子を垣間見る事ができる。
* 日本という一つの国に収まりたくないという思いもあるが、今は勉強を積み自分の引き出しを増やす時期だと思っている。将来は特派員の仕事などもしてみたいという。
* 「ニュースJAPAN」で松本方哉キャスターが休みの日は滝川一人で進行しており、その日のエンディングではフランス語で挨拶することがあった。
八木亜希子
八木亜希子(やぎ あきこ、1965年6月24日 - )は、共同テレビ所属のフリーアナウンサー。元フジテレビアナウンサー(1988年4月〜2000年3月)。
静岡県引佐郡三ヶ日町(現在の同県浜松市北区)で生まれ、神奈川県横浜市へ移住。
横浜雙葉高等学校→早稲田大学第一文学部哲学科心理学専修卒業後、1988年にフジテレビにアナウンサーとして入社。同期入社の女性アナウンサー有賀さつき、河野景子と共に「花の三人娘」と呼ばれた(女子アナブーム)。
ドラマ出演やCDデビューなど、アナウンサー以外の活動でも話題となったが、2000年3月末に退社した。
半年を経て、共同テレビ所属のフリーアナウンサーに。タレント、女優としても活動し、テレビCM、ドラマ、映画などに出演。2002年10月、大学時代の同級生である会社員と結婚。その後、アメリカのニューヨーク、カリフォルニア州サンノゼに在住し、現在は帰国して神奈川県在住。
明石家さんまとの司会コンビで人気のクリスマス番組『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』(フジテレビ系、1990年〜)は今も健在。
発言・逸話・その他
* 就職活動当時日本テレビも受験していたが、最終面接で「長嶋監督の奥様と同じ名前ですね」と問われ、「はい。でも父は阪神ファンです」と答えてしまい、不合格となった(八木亜希子と垣花正のサウンドコレクション(ニッポン放送)- 2007年6月22日の放送で語っている)。本人は特定のプロ野球チームを応援していないことや、夫がオリックスのファンであることも、このとき同時に語られた。
* フジテレビの入社最終面接で、ミュージカルが得意と履歴書に書いていたために、当時の鹿内春雄社長から踊るように言われ、その場で一人ミュージカルを演じた(この時一緒に受験していたのが、大学の同級生で元日本テレビアナウンサーの福澤朗だったが、福澤はすでに日本テレビから内定を受けていたためあまり熱心には受験せず、よそ見ばかりしていたため不合格となった)。
* 『とんねるずのみなさんのおかげでした』の名物コーナー「食わず嫌い」の収録後トークで、そのミュージカルのことを石橋貴明にツっ込まれたが、恥ずかしさのあまり顔を赤らめ両手で頭を抱えしゃがみ込んでしまった。ちなみに食わず嫌いは高野豆腐であった。
* 1991年にはウッチャンナンチャンの内村光良との交際を写真誌に撮られたこともあった。内村が会見で交際宣言。しかし、その後破局。
* 内村との離別後、同局アナウンサーの野島卓と交際。婚約寸前まですすむが、野島の女性問題が発覚し破局。
* 同期の有賀さつき、河野景子とは今でも交流があるようで、時々会う事もあるという。
* 1994年のFNSの日特番『平成教育テレビ』では、司会の一人としてセーラー服姿で出演したが、メイン司会のビートたけしから「あれは宇宙企画が得意としているものですね」と突っ込みを受けていた。
* 『めざましテレビ』で司会をしていた時、司会パートナーであった大塚範一のことを放送中に誤って「おじさん」と言ってしまった。
* 俳優の宮川一朗太は早稲田大学第一文学部の同級生。
* 明石家さんまが2004年のFNSの日に『さんま・中居の今夜も眠れない』で「八木は俺のことを好きだと思っていた」と暴露。
* 後のイメージからは考えられないが、新人時代は現代っ子で目上のスタッフに対してタメ口を利いたり「パパ」呼ばわりするなどをしていたという。
* フリーアナウンサーの渡辺真理は、中学・高校の後輩に当たる。
* 「垣花正のあなたとハッピー!」のレギュラーになってから、担当する木曜日に雨が降ることが多くなったことから、垣花正やリスナーから「雨女」と呼ばれるようになる。
小島奈津子
小島 奈津子(こじま なつこ、本名:大野 奈津子(旧姓:小島)、1968年7月26日 - )は、共同テレビジョン所属のフリーアナウンサー、元フジテレビアナウンサー。埼玉県蕨市出身。血液型A型。
来歴
* 蕨市立第二中学校で生徒会長を経験し、浦和明の星女子高等学校卒(第18期生)。1年浪人し、法政大学文学部日本文学科に入学。同大学在学時には法政大学自主マスコミ講座に所属していた。1992年にフジテレビに入社。
* 同期の西山喜久恵アナ とは入社当初から大変親しく、互いの家を行き来する仲である。また、西山の夫も同期であり、二人に頼まれ、交際を秘密にし、周囲に気づかれないようにしていたとか。2007年、西山が懐妊した際も、真っ先に打ち明けられたという。
* デビューしてすぐに「タモリのボキャブラ天国」、「おはようナイスデイ」など多くの番組に出演し、『めざましテレビ』の「突然!奈津子でございます。」のコーナーで大ブレイク。「なっちゃん」の愛称で、お茶の間の人気者に。その後、4年先輩の八木亜希子の後を継いで、小島が同番組のキャスターに。
o このような人気の中で、1998年9月2日「めざましテレビ」放送中、「それ行け!キクマ」のコーナーで菊間千乃アナウンサーがビルの5階から転落するという事故の際に本当の事故と把握していたにも拘わらず思わず「えぇっ、外れちゃった今…」という技術者の言葉に「あははははぁ〜そうなんだぁ〜外れちゃったんだ〜」と大笑いしてしまい、一部の視聴者から顰蹙を買う(菊間アナのエッセイ本「私がアナウンサー」に詳しく真相が記されている)。ただ、彼女の恩師に当たる稲増龍夫は、彼女なりの機転が裏目に出たのではという文章を週刊誌に寄稿していた。
* 八木が退職する際には、「FNNスーパーニュース」の後任候補に挙がった。(しかし最終的には、「朝の時間には小島が必要」ということで実現せず、安藤優子が就任した。なおサブキャスターには後輩の木佐彩子アナを経て同期の西山アナが就任。)
* 他にも「平成教育委員会スペシャル」、『スーパーナイト』(後の『情報ライブEZ!TV』 1997年10月 - 2005年9月)などの人気番組に出演、寝る暇もない日々が続いた。
* 2001年11月にフジテレビのディレクター大野貢と結婚。
* 2002年3月に退社しフリーとなり、共同テレビジョンに所属。
* 2003年3月、『めざましテレビ』を本人の意向により卒業。
* 現在も、夫がフジテレビ社員(情報番組センター所属の大野貢プロデューサー)であることや自身の所属が系列会社ということもあってか、専属に近い形でフジテレビ系の番組への出演は続いている。
* フジテレビ系「ハッピーボーイズアワー爆笑おすピー問題!」にゲスト出演した勝村政信を「勝俣さん(勝俣州和)」と誤って呼んでしまい、慌てて「私も(勝村と同郷の)蕨市出身なんですよ」と必死にフォローしていた。
* 2005年8月12日に妊娠4ヶ月、2006年2月下旬出産予定と発表された。妊娠中も体調を見ながら仕事をし、出産後も仕事を継続。
* 2006年2月19日、午後6時50分、第一子(女児)3,296g出産。
* 2006年9月6日、秋篠宮妃紀子の出産を速報するフジテレビのFNN報道特別番組で本格的に復帰した。なお産休中にも「脳内エステ IQサプリ」(2006年7月1日放送)にVTR出演したことがある。
* 2006年9月28日の「スーパーニュース」“文化芸能部”コーナーにて同じママさんアナの雨宮塔子(元TBS)・柴田倫世(元日本テレビ)とインタビュー企画で共演した(三人でキャンペーン・キャラクターを務める松下電器産業「発明News!」の発表会の前後に収録)。
* 2006年10月10日放送の、「タモリのジャポニカロゴス」でフジテレビアナウンサー斉藤舞子に、名前を「小鳥さん」と、間違えられてしまう。タモリも小島のことを「小鳥さん?」と呼ぶなど、かなりウケが良かった。
* 2007年4月から「スーパーナイト」「EZ!TV」でコンビを組んだ森本毅郎が司会のTBS系列情報番組『噂の!東京マガジン』の司会者に就任した。フジ系列以外のレギュラー番組はこれが初めて。番組参加の抱負として「18年間続いている看板番組に参加させていただけることになり、大変光栄。新米ママとして子育て奮闘中ですが、“生活者”の目線で頑張ります」とコメントした。
* 2008年2月15日放送の「第31回日本アカデミー賞授賞式」で羽鳥慎一アナとともに番組進行役として出演し、日本テレビへの進出を果たした。